新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、多くの企業では様々な危機に対応すべく「BCP」の策定・整備が進められています。
特に大手企業では災害などを起因とする事業停止による損失は、1日で数千万円にも及ぶこともあると言われています。
例えば2020年3月期のトヨタ自動車の売り上げ高は関連企業を含め約22兆8000億円になります。単純計算で一日624億円の売上が発生していることになります。
トヨタは、日本を含め世界に53の生産拠点を保有し、世界中で生産活動を行っています。仮に今回の新型コロナウィルスの影響である拠点1箇所が操業不能になった場合、単純計算で1日当たり12億円の損失が発生することになります。1つの拠点に100の関連企業や部品製造ラインが集約していると仮定しても、1企業(製造ライン)で1日1200万円の損失が生じます*。
そのため、トラブルからの速やかな復旧やトラブル発生時の対応を事前に検討しておく「BCP」の策定は、必須のものとなります。
製造業においても同様で、様々なリスクに備えることは事業の安定的な継続を図る上で非常に重要な要素となります。
※参照:トヨタ自動車2020年3月 第三四半期 決算報告書から著者が計算
製造業の「BCP」とはどのような備えなのか?
BCPという考え方は近年、製造業でも大手企業を中心に広がりを見せています。
製造業はITや小売業といった職種とは事業の流れが異なり、原材料を仕入れ、加工し、場合によっては二次加工・三次加工といった工程を経て完成品ができ、出荷されます。そのため、BCPによって備えるべき課題も他業種と比較すると広範囲に及びます。
更に、その広範囲にわたる対策の内一つでも円滑に対応することができないだけで製品の完成に大きな影響を及ぼす可能性があり、他業種と比較してもより細やかな検証と準備が必要となります。
では製造業における具体的なBCP対策とはどのようなものなのでしょうか。次項ではその中身について詳しくご紹介していきます。
製造業における「BCP」、その中身とは
この度の新型コロナウィルスの世界的大流行で、日本の多くの企業が海外や国内の工場の操業停止に追い込まれました。これは従業員の安全を確保すると共に、予定していた部品の調達ができないといった理由によるものです。
特に近年、大手製造業では部品の調達を海外に大きく依存していることが多く、緊急時の部品、原材料の調達は大きな課題の一つとなっています。
次に挙げる4つの項目は製造業におけるBCPの代表的な項目です。
工場建屋や倉庫などの建物の被害
災害が発生し工場の設備が破損した場合、工場は操業停止を余儀なくされます。そうしたことを想定し、災害が発生し工場設備が罹災した際の速やかな復旧対策を検討しておく必要があります。具体的には次の項目になります。
- 拠点の分散化
- 仮工場の立ち上げマニュアルの策定
また、工場などの大型インフラが罹災した場合、修理や建て替えなどに巨額の資金が必要となる場合もあります。そうした資金面の確保を事前に検討しておくこともBCPで考慮すべき事項の1つになります。
加工機器など生産設備への被害
大規模な災害やテロなど、外的要因以外に発生する可能性が高い損害の一つが、生産設備の損傷に起因するトラブルです。製造の現場で使用される機械は大なり小なり常に故障や損傷などのリスクを抱えています。
例えば、作業者が誤った作業を行ったために工作機械が破損し、生産を継続することができなくなる事態はよくみられます。こうしたトラブルへの対応策として検討が必要な事項に次のようなものがあります。
代替設備の準備
Aという部品を製造している機械が損傷した場合、同じ製品を生産することのできる、代替設備を準備しておくことです。
代替えの機械で「A」という部品を生産できる、または「B」や「C」といった部品を複数の機械で生産できるといったフレキシブルな体制を構築しておくことで、一つの機械の損傷による製品の供給停止リスクを抑えることができます。また、緊急事態が発生した際にも一方の設備が稼働できることで事業の早期再開と復旧が可能になります。
協力工場の確保
先ほどのように、代替設備を準備しておくことは資金面などから現実的でない場合が多いです。そうした場合、生産できなくなってしまった製品を変わりに加工してくれる外注先や協力企業を事前に準備しておくのも有効な手段です。
しかし、「社内で製品が生産できない場合D社に生産を委託する」といった漠然とした取り決めだけでは十分な対策とは言えません。製品の生産に必要な治工具や原材料を緊急事態にいかにして委託先が調達し、速やかな生産活動の開始までたどり着けるかなど、より詳しく検討しておく必要があります。
こうした検討は、事が起こってしまってからでは間に合わないことも多く、平時にできるだけ具体的に検討しておく必要があります。
原材料や部品調達などのサプライチェーン
広域にわたる災害が発生した場合、原材料の調達や1次加工品の調達なども停止してしまう可能性があります。自社には直接的な被害が生じていなくとも、原材料の供給が滞れば生産活動は継続できません。
そのため、有事に備え原材料や1次加工品の調達先を複数に分散したり、トラブルが発生した場合に別のサプライヤーから調達できる体制を整えておくことで、自社の操業停止期間を最小限に抑えることができます。
従業員の安全確保
仮に、原材料や部品が調達できた場合でもそれを使って実際に作業を行う従業員が確保できなければ意味がありません。そのためBCPでは従業員の安全の確保は重要な課題と位置付けられます。具体的には、災害が発生した場合に従業員の安否を確認できるようにするなどの対策が挙げられます。電話会社の提供する「災害用伝言ダイヤル」やクラウドサービスを提供している会社などの「安否確認アプリ」などがそれです。
また、大きな災害ではないものの毎年流行する季節性のインフルエンザなどもリスクの一つになります。会社内で集団感染が発生すれば、会社は事業を継続することができません。こういったリスクへの対策としてインフルエンザの予防接種を会社が推奨し、従業員が罹患するリスクを低くするといった事前対策も必要になります。
BCPの策定は大手企業だけでなく中小企業でも必要となる
こうしたBCPへの取り組みは大手企業を中心に進められています。しかし、国内の多くの中小企業ではBCPはまだまだ浸透しているとは言えません。ものづくりの手法が1社完結の体制から分業を主体とした体制に変化している現代において、災害時の事業継続は1社だけで対応するものでなく、関係企業と力を合わせて取り組む必要があります。
BCPの国際的な潮流は上流企業の積極的なアクションを求めている
従業員数が5人にも満たないような小企業が独自にBCPを策定することは、非常に大きな負担となり高いハードルがあります。そうした現実を踏まえ、世界ではBCP対策は上流企業が中心となって、積極的に取り組むべきとの認識が広まりつつあります。
実際に多くの企業が導入している国際規格「ISO9001」では、2015年に規定が改訂され、これまでは外注主体(外注任せ)であった多くの事項について、発注側である上流企業に管理・監督といった責任の所在があることを謳っています*。
外注先の品質維持や向上に積極的に関わり、管理することはもちろん、サプライチェーンの維持を目的としたサプライヤーの管理能力の把握、それらへの指導、協力なども要求事項として盛り込まれています。
多くの企業が積極的にBCPの策定に取り組むことは、一企業の問題ではなく、製造業全体のレジリエンスを高める有効な手段であるとも言えるでしょう。